横浜結和会の合気道は…

もともと合気道は、昭和に生まれた比較的あたらしい日本の武道です。
合気道そのものは、大東流合氣柔術(だいとうりゅうあいきじゅうじゅつ)をはじめ、各種の武術をおさめた植芝盛平(うえしば・もりへい)先生が開祖ですが、現在ではたくさんの流派に分かれています。
数ある合気道の会派のなかで、私どもの合気道は、植芝先生の高弟、藤平光一(とうへい・こういち)先生の創設された「心身統一合氣道」の流れをくむ合気道です。
藤平先生の傘下から「実心館合氣道会」を興された村山 實(むらやま・みのる)先生のもとで、長年、本部職員・師範として指導にたずさわっていた松野 博(まつの・ひろし)が2025年3月、新たに起ち上げたのが『横浜結和会』(よこはまゆうわかい)の合気道です。
自分づくりの武道
武道は、どれも同じかというと、そうではありません。
- いかに強いか
- いかに速いか
- いかに技が通じるか
- いかにして相手に勝つか
一般的には、武術・武道というものは、そうした「技」を求めることに終始してしまいがちです。
もちろんそのような目的で稽古をするのが一般的な武道の道場ですが、私どもの合氣道では、武術的な
- 勝負・優劣
- 遅速・強弱
だけを競い合うものではなく、「技」を通じて人間的な成長、充実した人生、日々の仕事や生活の充足感につながり、心の転換、考え方の柔軟性…といった「吾づくり」を目指しています。
「和」の武道

現代は、身近な日常生活から世界情勢にいたるまで、対立と分断と闘争が尽きません。
そんななかで日本人が昔から大切にしてきたのは、「和」と「結び」の精神です。
合気道は「和の武道」「結びの武道」「調和の武道」「愛の武道」と表現されることがあります。
戦い、争い、競い合い、対立する武道ではなく、相手との調和をさぐるための武道といえるのです。
合気道とは…?
次に合気道という武道が生まれた経緯について、触れていきましょう。
合気道は、最初に触れたように、この道の開祖と呼ばれる植芝盛平先生によって世に送り出された、日本の武道です。

日本には古来より、戦場における戦闘術から生まれた「武術」がありました。弓や槍(やり)、薙刀(なぎなた)や剣術などの武器術が戦場では多用されましたが、刀折れ矢尽きてしまったときには、組み討ちによる体術へと移行してゆくわけです。
そうした組み討ち術から、研究、工夫されてきたのが「柔術(じゅうじゅつ)」という武術です。江戸時代には剣術とともに、この「柔術」が盛んに行われ、合気道の源流となったのです。
柔道と合気道

一方、柔術を源流として発展したのは合気道だけではありません。「柔道」もそのひとつです。同じ柔術を源流としながらも、「柔道」と「合気道」とは、違った道をたどって発展をしていきました。
見た目にも、「柔道」と「合気道」とは、だいぶ技の形も違います。どうしてこのようなことが起こったのでしょう?
「柔道」のまえに、柔術を見てみましょう。柔術は、もともと戦場における戦闘技術でしたから、勝つためには相手に致命傷を負わせたり、命を奪ったりするための殺傷力の高い技法が多く存在しました。しかしそれでは、多くの人が気軽に稽古をすることができません。命懸けの習い事であっては、現代においては、ちょっと現実的ではありません。
そこで「近代柔道」の創始者、加納治五郎(かのう・じごろう)は、優れた教育家でもありましたから、危険な技を廃して、締め技と投げ技だけに絞り、乱取りをするという試合形式をとってスポーツ化したののです。これが「柔道」です。柔道はいまやオリンピック種目となるまでに発展しました。
ところが源流を同じくしながらも「合気道」は独自の発展を遂げました。
合気道と柔道との大きな違いは、合気道が試合形式を取らなかったという点です。
相手に勝つことを目的とせず、相手と一体となり、むしろ『己と向き合って、己に克(か)つこと』を目的としたのです。
合気道には和合の精神が…


その違いは、技にも大きな違いをもたらしました。柔道とは異なり、合気道では、投げ技・締め技・関節技など、多彩な技を繰り出しながらも、相手を倒し、相手に克つことを目的としないために、体格別(体重別)や男女別の競技ではなく、また老若男女を問わずに、技をかけ合い、研究し合い、共に学び、楽しむことができる武道として「合気の道」となったのです。
「合気道」の「合気」という言葉には、いろいろな意味があります。
「相手の気(相気・あいき)」に合わせる気(合気)、あるいは相手と共に生きる「相生き(あいいき」の意から「合気」に通じます。あるいは天の気(エネルギー)に合(がっ)する(つまり天の意に沿うような)生き方をすることを目指す道、これが「合気道」です。
こうしたことから合気道は「和の武道」「和合の武道」「結びの武道」あるいは「愛気の道」であるとも言われるようになりました。
